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有機ゲルマニウム開発ものがたり

2007年08月17日

浅井一彦博士5


名称 :有機ゲルマニウム
化学名:GE-132(WHOによるIUPAC化学名の略記)
CAS化学名:カルボキシエチルゲルマニウムセスキオキサイド
化学式:[(GeCH2CH2COOH)2O3]n

ゲルマニウムは、どのような変遷を経て生体機能に有益な健康食品へと変貌していったのでしょうか。

多くの人々を救うことになる待望の「有機ゲルマニウム」の合成成功の道程は、故・浅井一彦博士の石炭との数奇な出会いから始まりました…。


ドイツでの一大転身

博士は元々は科学・化学畑ではありませんでした。東大法学部を卒業後、1934年、民間企業のドイツ駐在員としてベルリンに赴任しますが、まもなく強度の神経衰弱に悩まされます。

見かねたドイツの友人が、当時の基幹産業だった石炭採掘現場に案内したことが、運命的でした。炭坑で真っ黒になって働く人たちの姿に感動した博士は、心機一転、会社を退職して石炭の研究に打ち込む道を選びました。

1943年、現地の工業大学治金工学科を卒業し、公立工学研究所で石炭の採掘技術や物性の研究に勤しむ日々を送るようになります。この一大転身により、石炭にわずかに含まれる半導体であるゲルマニウムと出会うことになったのでした。

ドイツは1945年5月に敗戦、その7月に追われるように帰国した博士は、焼け野原となっていた戦後日本の復興の基幹となる石炭産業の担い手として、新たな一歩を踏み出します。

当時、資源の乏しいわが国にとって輸入に頼らずに国内生産できる石炭は、エネルギーだけでなく化学工業資源としても重要で貴重な物質だったのです。


時代の花形「ゲルマニウム」

ゲルマニウムは、戦後電子産業の花形となったトランジスターに使われた半導体です。需要も伸びる一方でした。浅井博士は、「鉱物資源に乏しい日本でも、石炭に含まれるゲルマニウムなら自給できる」と提言したのです。日本の石炭にはかなり豊富にゲルマニウムが含まれていることを、ドイツの研究生活で知っていたからです。

そして、その開発研究から、石炭にいろいろな化合物の形で存在するゲルマニウムの性質を明らかにしていきました。

当時ドイツでは、無機ゲルマニウムに動物の赤血球や白血球を増やすなどの生理作用のあることが報告されていたため、博士はゲルマニウムの「薬理研究」にも没頭していきます。

その結果、無機ゲルマニウムにはそうした働きの反面、水溶性や毒性に問題があることを確認します。

浅井博士は、石炭の木質部にゲルマニウムが特に多いことを解明し、ゲルマニウムの生理活性作用を得るためには、「ゲルマニウムを水溶性の有機化合物に合成する必要がある」と考えるようになります。


ついに有機ゲルマニウムの開発に成功

「なぜ石炭の中にゲルマニウムが存在するのか?」

浅井博士は、石炭の組織分析研究から、石炭にゲルマニウムが含まれるのは、石炭の元になった植物にゲルマニウムが含まれているためで、それは、植物の成長に何らかの作用を及ぼしているのではないか?

さらに、植物は自らの成長のために必要なゲルマニウムを、地中から吸い上げて取り込んでいるのではないか、と考えたようです。そして、その場合、

「植物という生命体の中に存在するゲルマニウムは有機化合物であるはずだ」と。

こうしてさまざまな植物を調べた浅井博士は、最初の著書の中で、さまざまな植物中に含まれるゲルマニウムの量を測定した結果についてこう述べています。

「ゲルマニウムが異常に多い植物は、例外なしに昔から漢方薬として重宝されている」

また、さるのこしかけ類や朝鮮人参、さらには、あらゆるキノコ類に豊富に含まれることを突き止めています。

そして試行錯誤の末、ついに1967年の秋、博士が主宰する(財)石炭綜合研究所の所員とともに、世界で初めて人工的に水溶性の有機ゲルマニウムを合成することに成功したのです。


自分の体で試す

その頃、過酷な研究生活で体調を損ない、重い多発性リウマチにも苦しめられ床に伏す時間も多くなっていた博士は、なんと完成したばかりの有機ゲルマニウムを、一片の疑いも持たずに自らの体に試したのです。

その結果、博士は日一日と回復、10日目にはベットを離れ、数週間で研究生活に復帰します。

また、重度の喉頭ガンで外科手術を受けることになった時も、大量の有機ゲルマニウムを飲んだそうです。術後も抗がん剤を使わずに有機ゲルマニウムだけを毎日3g飲み続け、再発もなく健康を取り戻しています。

これらの奇跡的な事実を知った大学研究室や民間研究機関が、本格的な研究に乗り出し、このサイトの別記事で紹介しているようなさまざまな生理活性作用がつぎつぎに明らかにされていったのです。

「一薬一病」の効果を求められる医薬品の領域を超える、多面的な作用を持つ不思議な物質「有機ゲルマニウム」に関する基礎・臨床研究は今日にいたるまで続いており、国内外で公表された論文は170件を超えています。


≪浅井一彦博士の略式年表≫

明治41年 3月30日、満洲・大連に生まれる。
昭和 7年 東大法学部卒業。
昭和 9年 渡独。
昭和18年 シャロッテンブルグ工大鉱山冶金科卒業。
昭和18年 エッセン公立石炭研究所に入社。
昭和20年 7月帰国。財団法人石炭総合研究所創立。
昭和28年 国際石炭組織学会に日本代表として出席、東大第二工学部及び九大理学部の石炭組織学講座を担当。
昭和32年 各種の技術開発の業績に対し、紫綬褒章を受く。
昭和37年 京大より工学博士の学位を受く。
昭和42年 燃料協会賞を受賞
昭和42年 水溶性有機ゲルマニウムの合成に成功。
昭和50年 1月。ニューヨク・アカデミー・オブ・サイエンスの正会員に推薦される。
昭和50年 9月。フランスで開かれた国際自然療法学会に招かれ、有機ゲルマニウムに関する講演を行い反響を呼ぶ。
昭和57年 10月。死去。

浅井博士
「私はこのゲルマニウムを医薬品として取り扱わずに、人類救済を目標に、これを道具としてとりあげた医療体系を築き上げるのが最もよいと考える」(『ゲルマニウムと私』より)



参考文献:「有機ゲルマニウム」福島裕子博士
参考資料:「漢方医薬新聞」第281号(平成13年2月25日号)
写真資料: 浅井一彦博士 著書
       「ゲルマニウムと私」「ゲルマニウムと我が人生」より



gauss0421 at 12:49|PermalinkComments(0)TrackBack(0)clip!
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