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父のがん日記・後編

2008年03月01日

胃全摘出…

2007 12.28

本日、手術。

手術は朝9:00から始まりました。
癌研有明病院では、患者本人と家族が一緒に歩いて手術室へ向かいます(もちろん看護師さんに付き添われて)。そして手術室の入口で患者とはお別れです。別れ際に振り返って弱々しい笑顔で手を振った父が印象的でした。

あっという間に時間が経過し、予定どおり3時間で手術は終了。私たち家族は医師の話を聞くための説明室へ。医師と私たちの間の机には、今摘出されたばかりの父の胃袋と脂肪のかたまりが血まみれ状態でステンレスのトレーに置かれていました…

まず医師から聞かされたことは、他の臓器への転移は見当たらなかったため胃以外の臓器は一切とらなかったこと、そのため手術時間も早く出血も少なかったため輸血の必要もなかったということでした。とりあえず一安心です。

摘出された胃袋は、すでに袋状ではなく1枚に開かれており、私たちが頼むと、まだ手術用手袋をつけたままの医師が、肝心のガンの部位を探して見せてくれました。

やはりそこにはガンがありました。

あたりまえです。無くなるわけがありません。でもよく見るとそのガンは1ヶ月半前とは少し様子が違っていました。2ヶ所の隆起部分の山が低くなっていて、ガンとその周囲の色も若干ですがきれいになっているように見えました。このことは後で全く同じことを母も私に言ってきました。

2007,12,28
下の大きい輪の方が2ヶ所の隆起部分
右上はぼこぼこしていた所


1日3gのゲルマニウムを約1ヶ月半飲んできた効果でしょうか?
もしもあと1〜2ヶ月たったらどうなっていたのでしょう…

とりあえず現状は何も心配なしということで、私たちはHCUへ向かうことに。HCU(High Care Unit)とは、集中治療室(ICU) と一般病棟の中間的な目的の部屋で、父は手術後の回復期間の数日をここで過ごすそうです。



2007 12.29

手術翌日のこと

いくらゲルマニウムにモルヒネ並みの鎮痛効果があるとはいっても、翌日は一番つらいものです。むかし自然気胸で肺の手術経験がある私も、翌日は見舞いに来た家族と言葉をかわすのも出来ないほど痛かった記憶があります。もうどこが痛いとかではなく、上半身全体が激痛で腕を動かすのも辛い状態。痛みで全身がマヒしているといった感じです。定期的にモルヒネを打ってもらっては寝ていたため、記憶が断片的にしかありません。さぞかし父も今日は辛いことでしょう。ましてゲルマニウムは昨日の朝にのんだきりです。恐るおそるHCUへ…

父は寝ていました。と思いきや、うっすら意識はあるようで、朦朧としている様子です。何か聞いてもかろうじて聞こえるようなか細く弱よわしい声で、返事するのも辛そうでした。こりゃよほど痛いんだなと思い、父に聞くと小さく首を横に振りました。聞こえなかったのかと思い、もう一度大きめの声で聞く私。すると父はまたもや首を小さく一回横に振り、

「痛くない…」

モルヒネのせいかとも思いました。背中から微量のモルヒネを流せるようになっているからです。患者の訴えに応じて注入量を調整するらしいです。母がもう一度、ぜんぜん痛くないの?と聞くと、父は首をたてに振り頷きました。そんなことってあるんでしょうか?現代医学の進歩?まあ痛くないにこしたことはありません。意識が朦朧としてて、良くわからないだけかもしれませんし。あとで元気に会話できるようになったらわかることです。

そんなことを思っていたところ、父の体勢がベットの下方向にずれていることに気付いた看護師さんが、足が辛そうだから体勢を直しましょうね、と言って父の背に手を入れて体を上にずらそうとしました。私は、これは大変、看護師さんも大変だろうけど、父はさぞ痛いことになろうと、息を飲む思いで見ていました。

するとナント!

父は自分で両膝をまげて両手両足を突っ張り、自力で上にずれています!

驚いた私が思わず、

「そんなお腹に力がはいるようなことして痛くないの?」

私の問いに看護師さんが、

「そうなんですよ、ぜんぜん平気みたいなんですよ」

すでに何度もやっていたようで、看護師さんも不思議そうでした。

こりゃ本当にぜんぜん痛くないのかも…



2007 12.30

手術2日目

昨日と同様HCUへ行くと、ナント父はすでに一般病室へ移ったとのこと。早いです。経過も順調そうです。傷の痛みについては、やはり「痛くない」そうです。もう水を飲んでも良いそうなので、ゲルマの服用を再開させることにしました。



2008 1. 4

手術から7日

病院で年を越し、あっという間に1週間。順調な回復です。昨日と今日の2回に分けて抜糸も終わり(抜糸といっても糸ではなくクリップ)、点滴も今日で終了しました。おそらく予定通り翌週には退院できそうです。
元気になってきた父に、改めて術後のことを訊ねてみましたが、やはり「痛くて辛い」ということは殆どなかったそうです。父より先に手術をしている同室の患者さん達は、一様に看護師さんに痛みを訴えていました。中には術後6日もたってる人もです。でも本当はそれが普通なんじゃないでしょうか。
ちなみに、父の仕事上の知り合いで、80歳になる現役の税理士さんも昨年11月に肺がんの開胸手術をしたんですが、私のすすめでゲルマニウムを手術の3週間位前から大量に服用したところ、術後の痛みが殆どなかったようで、それ以来続けて飲むようになりました。
やはり有機ゲルマニウムのおかげなんでしょうか。私もここまでとは思っていませんでした。理学博士の福島先生の本に書いてあったとおりでした。

ゲルマニウムに感謝。



2008 1. 12

本日、退院

本日めでたく退院。うらはらに本人は、胃のない食生活にものすごく不安を感じているようです。入院中に何度も食べ物を詰まらせているようで、この辛さは本人しかわかりません。でも乗り切るしかありません。誰でもそうらしいです。食べ方・飲み込み方を覚えていくしかないようです。

父よ、負けるな



2008 1. 22

術後の後遺症

胃全摘出による後遺症は、30種類近くあります。症状には個人差もあり、年月の経過とともに変化します。父の場合は、食欲不振・ダンピング・つかえ・倦怠感・腹痛・下痢などと日々戦っています。
もちろん体重は著しく減少しました。手術前からマイナス10kgです。脂肪の吸収が低下するだけでなく、カルシウム・鉄分・ビタミンB12の吸収も悪くなるそうで、骨粗鬆症や貧血も心配です。

食べ方の重圧とも戦っています。(あれだけ噛んでたら旨味もへったくれも…)
1日5〜6回の長〜い食事も大変です。(1日中ひっきりなし食べてるよう…)

それでも頑張って食べるしかないんですよね。しかも栄養バランスに気を付けながら。
さぞかし母も大変でしょう。母がおおらかな性格で良かったと思います。



2008 1. 23

今日は退院後1回目の検査です。

レントゲン・尿検査ともに異常なし。また、血液検査では全ての数値が基準値内で、健康体そのものという結果に医師も驚いている様子。

今日は手術以来初めて、担当の医師からいろいろな話しを聞きました。

術式は一般的な「ルーワイ法」で、拡大手術は行わず。

気になっていたステージ(病期)は、最終結果ではステージ(T2-N1)。このステージは大きく分けて(初期・早期)・(軽い進行がん)・(進んだ進行がん)・(末期)の4つですが、正確には細かく(A・B・供ΝA・B・)の6つに分類されています。「がん」そのものの浸潤の度合いを「T1〜T4と他の離れた臓器などに転移」で表し、リンパ節への転移の度合いを「N0〜N3」で表し、両方の組み合わせでステージが決まります。父の浸潤度合い(T2)は「胃の外側表面にがんが出ていない、筋層あるいは漿膜下層まで」で、リンパ節転移(N1)は「胃に接したリンパ節に転移がある」という結果です。胃と同時に切除した第1・第2群のリンパ節45ヶのうちの2つに転移が見つかったらしいです

このステージ兇任蓮∈独防止の為の日常治療として、手術後に化学療法(抗がん剤)を行うかどうかを必ず医師から相談されるそうです。つい最近の朝日新聞にも大きく取り上げられていましたが、「比較的進んだ胃がんで、手術後に抗がん剤治療をすると3年後の生存率が8割になり、手術単独の場合の7割より向上する」という臨床試験結果が日本の研究グループから発表されたばかりです。今までの「胃がん治療ガイドライン」が「標準」と位置づけているのは手術単独ですが、これにより今年中にもガイドラインが変更される可能性が高いそうです。

病院では便宜上説明を義務づけられているそうで、担当医師も、「高齢者にはあまりお勧めしない」とのこと。

もちろん私たちはきっぱりと断りました。

父本人とも相談済みです。
何より私たちには、有機ゲルマニウムがあります

父の検査は月1回ペースで続く…




≪後編・終了≫

gauss0421 at 16:37|PermalinkComments(1)TrackBack(0)clip!
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